今や貴重な先染めの染色工場
糸が織られたり縫われたりする前の過程、その中には繊維を染める過程があります。八王子で唯一の先染め染色工場は、古くからナイロン・ポリエステルをはじめとする合成繊維の染色を行ってきており、今では様々な繊維の先染めを請け負う国内では「貴重」な存在。その「希少」な工場、オカド染色工業に伺いました。
有限会社オカド染色工業 山口琢磨さん
【山口さん】すみません、バタバタしてて、昨日、パリコレで使用するポリエステル素材の染め、他でやったけど上手くいかないので、ウチで大至急やってくれなんて、某ブランドから突然お話がきました。とりあえず今試している段階ですが。
【COB】そういう仕事にも携わっているんですね! 八王子にそういう仕事が来ているのは嬉しいです。

三代目の山口琢磨さんにお話を伺いました
【COB】今はどんなお仕事をされてますか?
【山口さん】6〜7割は工業用ミシン糸の染色です。車両用シートの縫い糸の染色なんかも行っていますよ。でもそれだけではなくて、ニットも含め様々な繊維の染色をやっています。依頼は主にミシン糸、毛糸、繊維製造メーカーさんからが多いです。アパレルメーカーのパーカーの紐や、靴紐、リブなどパーツの後染めもしています。
あとは、染めだけではなくオイリング。柔軟剤のようなものなんですが、普通皆さんオイルを1種類で使うのですが、うちは数種類を配合して調整しています。
【COB】触ると全然違いますね!なるほど !
【COB】創業当初からそのようなお仕事だったのでしょうか?
【山口さん】昭和24年に祖父が創業したのですが、八王子でナイロンを染めたのはウチが初めです。その後時代の流れによって紆余曲折あり、染めるものは色々と変わってきました。昭和40〜60年ぐらいがピークだったのですが、高度経済成長期からバブルの流れで大ロットの生産が多くなってきて、それまでの綛糸からスピードアップや効率化のためコーンのまま染めるという依頼に応えるためチーズ染色の高圧釜が導入されました。それが僕が小学校5年生のとき。

こちらが綛糸の状態

チーズ染色では糸をこちらボビンに巻きつけます
ミシン糸を扱い始めたのは、僕が生まれた時ぐらいですが、現在に至るまでもやはり紆余曲折あり、父の代は合成繊維だけだったのですが、今ではウール、綿、アクリル、麻、レーヨン、ポリエステル、ナイロンなどなど、僕はケプラーなどの炭素繊維、アラミド繊維、そういうもの以外は大概染められます。

様々な染めのサンプル帳
業界の危機的現状
【COB】高圧チーズ染色機って、いわゆる圧力釜みたいなものなんですか?
【山口さん】そうです。これがまた大変で、染色用の高圧釜が今製造されてなく、国内になくなってきています。食品とか、別の加工用のものはあるんですが、染色用はないんです。中国などで使用されているものはあるのですが、日本の安全基準とは異なるので持ち込めないそうです。なので持っている同業の工場もみんな古い機械を使っています。同業から機械が壊れたから染めてくれないかとかそういう相談もあります。
元々、大ロット生産になってから、コスト面が理由で生産は海外工場に進出していったのですが、そうすると国内の産業は衰退しますよね?
結局その後、海外工場の低賃金「作業員」は職人のような知識がないため事故を起こしやすいということや、時代が多品種小ロット化したため、海外の工場では対応してくれずに生産を国内に戻そうとした時に、その頃にはもう国内で稼働している工場は淘汰されていました。 今、僕の知る限りでは東京でも1〜2軒、関東でも10ぐらい、まともに稼働しているのは5ぐらい。需要はあってメーカーはそういう工場を探しているし、実際問い合わせも多いです。ただ、認知度は低く、「え?八王子に先染め、糸染めしているとこがまだあったの?」ぐらいの感じです。一番遠い所だと倉敷からの依頼もあるぐらい国内に工場がないのです。
それに加え、技術者もどんどんいなくなってきています。繊維メーカー、染料メーカーで、知見をもっている人がいない、日本語の技術資料がないなど、次世代に引き継げていないです。バブルの時はISOやマニュアル化で誰でも出来るようにしちゃったけど、大量生産時はそれでよかったのが小ロット化すると工程が増えるので、そういったイレギュラーに対応できる人がいなくなった。それでまわせなくなっている工場がすごく多いです。
そういう意味で技術を継いでくれる人は必要です。同業や、メーカーからそうした技術的な質問もあるのですが、わかることは伝えていくようにしています。
さらに使用する染色機のメーカーもなくなって、壊れてもパーツが買えない。 自分たちで作って直すしかない状態。それに今や、染色機がわかる機械屋さんも、親子でやられている一社しかいないので、ウチも、工場は自分たちで機械を搬入して、パイプ切ったりして自分たちで組み立てました。幸い弟(工場長)が機械いじりを好きだったからよかったですが。

山口琢磨さんと、工場長である弟正剛さん(右)
これらの現状が繊維業界の危機なので、なんとかしないと。
【COB】それは訴えていかないといけませんね。
設備を紹介して頂きました
【COB】工場内を見せて頂けますか。
【山口さん】こちらがパドルの染色機です。反物や繊維資材の後染めなんかはこちらを使用します。

製品と染液と一緒に回転させて染める方法です
次が、噴射式の染色機です。繊維がかかってる棒からの染色がメインで、上のシャワーからも染料が出て染めていきます。これは釣竿のガイドの部分の糸です。
【COB】そんなものまで染めるんですね!

染液を噴射し、内側と外側から染めていきます
【山口さん】階段を上がって頂いて、こちらが高圧チーズ染色機。150kg、100kg、50kg、30kg用があります。1コーンの繊維が1kg、30kg用だったら、30個コーンが入ります。

見上げると高圧チーズ染色機が並ぶ
【COB】すごい蒸気ですね、レンズが曇ってしまいました。

高圧釜を開けると蒸気が立ち込める
【山口さん】夏は工場内は50度ぐらいの蒸し風呂状態、大変です。 こちらの釜が今染めている最中のものです。

ボビンに巻かれた糸が大量に入ってます
染めは早いもので3時間程度、工程の多いものだと1日半ぐらいかかります。 こちらのボイラーはかなり古いので、もうメーカーもないです。ボイラー協会の人も研修とかでわざわざ見に来ますよ。

炉筒煙管ボイラー
【COB】かっこいい…
【山口さん】こちらが乾燥機です。この間は中国の旧正月用の飾りの赤い繊維がいっぱい入ってました。

チーズ用乾燥機

中は棚になっています
こちらの部屋では糸を巻き直しております。

ここで糸を染色用ボビンに巻き直しています
【山口さん】あ、釜から染めてあるもの引き上げてみましょうか。 これやると、みんな「おー」っていいますよ。

釜の中からチーズの束が登場
【COB】おー!!

このようにボビンが棒にささって釜に入っています
思っていたより、工場の稼働は大変そうでした。機械を扱う技術も、先ほどのお話のように業界に人がいないのでは廃れてしまいます。
ふつう手仕事の伝統工芸などの担い手がついついクローズアップされがちですが、機械を使った近代的な技術はより身近で、その人手不足はより深刻なのではないでしょうか。様々な製品に色彩を吹き込む素晴らしい工場が八王子にもあります。興味のある方は、是非関わっていって頂きたいと思います。
有限会社オカド染色工業
東京都八王子市小門町59
TEL 042-622-2972